Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ちょっうれしかったこと。。。

 週末はインターネットの不具合が生じてしまい、このところ私としてはかなりがんばって続けてきたのですが、昨日までまた中断することになってしまいました。
 
 さて、日曜日にとてもうれしい出会いがありました。自宅から最寄駅に向かって歩いていたときのことです。小学校の低学年のわんぱく坊主が三人チャリンコで競争していました。ひとつだけ違ったのが、そのうちの一人が車椅子の少年でした。なんらハンデを感じさせることなく、思いっきり競いあっていましたが、のぼり坂に差し掛かると、当然のこと、車椅子の子が中々坂を上りきれなく立ち往生しているのです。と、先頭のぼくが自分の自転車をさっと降りて彼の手助けをしようとしたのですが、結構急な坂道でしかもまだ子供.苦労していました。そこで、「よかったら手伝ってあげるよ!」と小さな車椅子を押して坂を登ってあげました。平坦になったところで「もういいの?」っと、声をかけると、3人のわんぱく坊主が声をそろえて「ありがとうございました!」。オッ!近頃なにかと騒がれる子供たちだけど、まだまだ捨てたものではないな!とうれしく思っていたら、さらに子供同士の会話が聞こえてきました。
「大人の人でもいい人がいるんだねー!何だかとってもいい気持ち!いい日だなー!」
だって!!
 ぼくたちトンでもないよ!おばちゃんの方こそ、君達の笑顔と元気のその気持ちで、心の中がハートで一杯になったよ!ありがとうねー!っと、心の中で叫びました。
大人がもっと責任もって、地域の子供たちを育ててゆける環境をみんなで作りたいですね!

スポンサーサイト

ひとりごと・・


 その名もラフレシアという名のこの花は世界最大の大きさを持つ花として有名ですね。確かボルネオに生息していたとか。花の大きさもさることながらそのにおいがすさまじいらしい。何かの腐敗臭に近いとか・・見てみたいけど匂いが怖いですね・・・
 そうそう、先日知り合った新しいマレーの友達から連絡が来て、キナバル山の登山ツアーを作ろうよ!ってことになりました。ボルネオ島はまだ訪問したことがなく、いつかオランウータンの保護地域で赤ちゃんのオランうーランを抱きしめたいと思っていたけれど、いきなり登山とは・・・
 これから色々と調べて見なければなりませんね。サバ、サラワクは独自の文化が今も色濃く残っている面白い地域ですから、今後より大きな注目を集めるかも知れませんね。私もいまだ実現していない、シパダンへのダイビングツアーを企画したいですねー!
台風も地震もないサバサラワク州に心誘われる週末です。

只今イベント準備中です!!

  9月久々訪問したマレーシアでひょんなことから、イベントを仕切ることになってしまいました。
江戸っ子の祭り好きとしては、断る理由もなく簡単に受け入れたものの、当初は少々悩みました。なぜって、開催日が11月30日。
マレーシアの政府公認の団体で「マレーシアホームステイ協会」という団体があるのですが、その代表が毎年マレーシアの舞踊学校の出身者および生徒を連れて、ホームステイ協会の役員の面々と、政府のお役人を引き連れ、九州を皮切りに日本各地を行脚するのです。
時間も少なくどうやってイベントを仕切ろうかと悩みましたが、とてもいいアイデアが浮かんだので只今時間のない中その実現に向けて準備が進んでいるところです。
 私の住んでいる自治体はマレーシアと友好関係があり、その関係も今年で11年を迎えます。
そこで、どうしようかと悩んだ結果、昼間私の住んでいる街の小学校2箇所で彼らのダンスパフォーマンスとマレーシアの伝統文化、生活習慣などを学んでもらう機会を作ってあげながら、夜は地域の人たちや、マレーシアに興味のある方々に向けた本格的なイベントの実施をすることにしました。
 昨日はそのうちのひとつの小学校で打ち合わせをして来ました。私の卒業した小学校です。全校で約800名もの生徒がいるそうです。確かに春になると、通勤時に黄色い帽子とランドセルのひよこ達が毎年、行列をなして登校していますから、生徒が多いことは想像つきましたけれど、800とは驚きました。そこでは、3~4時限目に特別授業や、子供たちとの交流を行い、国際交流や異文化について実際に触れて感じるチャンスを作ります。その後、子供たちのテーブルに参加していただいて、給食を体験していただきます。このときに、イスラム教の彼らには食習慣に違いがあることなども紹介しようと思います。午後は線路をはさんで反対側の学校の音楽会の特別ゲストとしてマレーシアのダンスパフォーマンスを披露してもらいます。そして夜は一般の方に向けた本格的なイベントです。詳細は後日お知らせします。

新しい友人ができました!

 先週の通訳のお手伝いの場面で、新しい出会いがありました。埼玉にすっかりそまっているマレー系のマレーシアの女性です。なんともマイペースで面白い!
彼女といっしょに池袋のマレーチャンにお邪魔してたくさんの話をしました。このお店はずいぶん前から知っていましたが、実はお店にお邪魔するのは初めてでした。
小粒ながらまー辛口のマダムとのお話は面白くランチから夕方までお邪魔させていただきました。
只今イベントの計画中!続きはまた明日!!ジュンパラギ!!!

イスラム教って?

 イスラム教についてこれを読まれている方はどのようなイメージを持っているのでしょう? どちらかというと、不明瞭な部分もあり正直なところ怖いと感じるかたもいるかも知れませんね。日本にいると、アメリカやヨーロッパのつまり欧米寄りの報道が中心ですから、イスラム教徒の人たちや宗教そのものについて正面から正しく理解できる機会が少ないのも現実ですから。
 ところが、実際にはとても洗練された宗教として、地中海を越えてヨーロッパに渡った時には、当時の上層階級の特に文化人がこぞってキリスト教から改宗したという節もあるそうです。イスラム教では偶像崇拝を行いません。唯一絶対の神様は、個人個人とつながっています。だからこそ、個人個人がその教義を理解し、ルールにのっとってお祈りをするのです。豚肉を食べないとか、1日に何回も礼拝するとか、断食の習慣があるなんてところが有名ですが、この宗教はすべての信者に対して実に平等なのだそうです。




 宗教は遠い昔の人たちの生きる知恵として生まれたと聞きました。アラブの砂漠で誕生したイスラム教は厳しい自然環境の中で生きて行く知恵を授けるために生まれたのかも知れませんね。厳しい戒律もすべて理由があります。知らないと不思議に思えたり、受け入れがたかったりしますが、相手を知る気持ちと理解する気持ちがあれば、不明瞭な部分は簡単にクリアにすることができます。マレーシアのイスラム教徒はとても穏やかで敬虔な信者さんたちです。女性が頭からすっぽりとかぶっているベールのような布も教義にのっとっていますが、これも義務という訳ではなく、個人の意識でかぶらない人もいるそうです。あまりいい印象をもっていない人もイスラム教ついてちょっと調べて見ると、目からうろこの発見があると思います。
 そう言えば、吉村作治先生のずいぶん前に書いた本の中にイスラムの話がたくさん出ていましたねー!題名は忘れましたけど、吉村先生が最初にエジプトに渡った時のことが書いてあったと思います。
 そうそう、子供のころのよんだアラビアンナイトなんてのもありましたねー!!

人生まだまだこれからですね。

 マレーシアの一行は名古屋に向かい、通訳のお手伝いは終了。
今回の対談を通してとても貴重なたくさんのことを学ぶことができました。
それは最近もういつまでも若くないんだなー!と感じていた思いを払拭することになり、「私などまだまだ子供!」と感じさせられたことです。
 何しろどの芸術家の皆様も日本を代表するような方々でお弟子さんもたくさん抱えている方々ですが、大家だからこそ、その年齢は大半の方が80代というご高齢。芸術と取り組んで50年などという方もいてびっくり!年齢から引き算すれば当然そのくらいの経験になるのだけれど、改めてご本人の口からお伺いするとその持続力と向上心にただただ脱帽しました。
 話の中に皆さん戦争時代の経験が飛び出しました。その悲惨さや辛さを久しぶりに体験者から伺いました。大勢の人が犠牲になり、物もなくなり、日本という国がぼろぼろの雑巾にでもなってしまったような時代です。そういえば、今ではあまり戦争の体験を口にする人が少なくなりましたが、私が子供のころは、祖父母や親戚のおじさん、おばさんからよく戦争の話を聞かされたものです。子供だった当時は「またかー!いやだなー!」と思うばかりでしたけれど、年齢を重ねたためか、私も少しは大人になったのか、素直にお話をお伺いすることができました。




 一方マレーシアは建国50年という若い国です。戦争の終結がマレーシアを日本を含め、大国からの呪縛を解き放ってくれました。当時のマレーシアにも日本の兵隊さんは進駐していて、現地の芸術家の先生のご両親は日本の統治下のことを覚えているそうです。そして今でも日本語を時折口にするとか。
 その時代を経て独立し、今は他民族国家として他民族、他宗教が上手に平和を守っている素晴らしい国を築いています。
 
 今回の対談を通して芸術をお互いのテーマにしながら、その根底にある最も大切なテーマ「平和と愛」を確認することになりました。また、生涯現役の皆様をお手本に、「私も生涯現役を目指して行きたい!」とまたひとつ人生に目標が加わりました。がんばるぞー!!

日本の伝統工芸は素晴らしい その1

 昨日ブログ作成の後行った対談はとても興味深いものでした。木目込み人形というくくりでお話しましたが、実際は桐の木の切り株から彫り下げて作成するとても高度な技術を必要としているものでした。
次期人間国宝の候補と呼び声の高い作家さんでした。丸太から彫刻して作成するこの木彫のお人形は手間もかかるため、年間に3体作成するのが限界だそうです。
お人形の作成に当っては、
1.顔
2.両手足
3.胴体
この順番で行うのだそうです。
大変素晴らしい芸術作品で、拝見したお人形さんも400万円ほどする大変高価なものでした。身体は大正時代の古布の上品な着物をまとい、腕に抱く猫は和紙でできていました。触ることはできなかったけれど、魂のこもった素晴らしい作品でしたよ。
 マレーシアの芸術家の方々は初日からこの対談を大変楽しみにしており、実際の対談もとても積極的且つ、有意義なものとなりました。
 彼らの国マレーシアは特にマレー系の人たちは、イスラム教徒です。イスラム教では偶像崇拝を行わないこともあり、マレーシアにあるお人形といえば、各民族の衣装を着たもので、お人形自体はあまりにも稚拙で芸術といえるようなものではありません。だからこそ、感動も大変大きく何とかこの素晴らしい芸術を後世の日本の人たちに受け継いで欲しいと切望されていました。
 しかし残念ながら、興味を持って教室に通ってくるのは高齢の方ばかりで、若い方がいないのが何よりも悩みだとのことでした。優秀な大学に進学し、大手企業に入ることが人生のゴールではないことに多くの人たちが気がつき始めています。人にはない伝統工芸の技術を身に付けてゆくことが人生の大きなゴールにつながるケースだって充分にあるはず。残念!私がもうちと若かったらチャレンジしたかった・・・
そうそう、着物の時代の日本を伝えるこの人形ですが、最近では着物を着ることが少なくなってきているので、着物について解らない人も多いようですよ。日本人の体系を最も上手にかつ美しく包み込んでくれる伝統の着物を多くの人がもっと着るようにしなければなりませんね。私も若いころ4年月賦でがんばって買ったものの、もったいなくて一度も袖を通していない大島紬・・そろそろ着てみようかな?でも出かけると汚してしまったら大変だし・・やっぱりまだしつけは取れないですね・・・

マレーシアからお客様が着ました。

 気が付くと今週も終わります。このところ心入れ替え、割といいペースでブログの更新をし続けていたのですが、またまたさぼってしまいました。ただし、今回は大いに言い訳ありです!
先月マレーシアに仕事で出かけた話を続けていますが、その出会いから突然マレーシアから来日している方々の通訳のお手伝いをすることになったのです。
成田空港のお迎えから始まって、今日まで毎日たくさんの日本を代表する芸術家の方々と、マレーシアの芸術家協会の代表者の方の対談のお手伝いです。
メンバーは建国50周年の一大イベントを主催している、政府の方々や芸術家協会の会長さんと役員です。タイトルだけ聞くと、とても緊張しそうですが、気さくな方々ばかりで、マレーシアそのものです。何とも大らかで笑顔が絶えません。時にはそれは訳してしまっては・・・なんてコメントもあって、時々私を困らせて楽しんでいる節はありますが、それも勉強逆に楽しんでいます。
今回のご縁のお陰で、私自身、普段触れる事の少ないたくさんの芸術家の方々と、芸術そのものに触れることができました。


 彼らは敬虔なイスラム教の信者さんです。毎日時間になると、手足を洗い、禊をしてお祈りに入ります。今回初めてお祈りする姿を拝見しました。祈りの時間は想像していた以上に短く、10分もかかりません。とても明るく大らかな人たちの中で楽しいひと時を共有させていただいています。マレーシアの人達が胸を張って、他民族が平和に暮らす国!という意味が実感を込めて理解できるような気がします。


 そうそう、アラビア語の書をなかなか眼にすることは少ないと思いますが、これがどうしてなかなか魅力的なものですよ。アラビア語の書道にも日本の書道同様に色々な書体や技法があるそうです。今度マレーシアを訪問したときには、その辺りも心の片隅に残しておいて素敵な作品を探してみたいなー!


後、対談は2名これから木目込み人形の先生との対談が始まります。また新たな世界との遭遇に心ときめかせています。
楽しみです。

マラッカ その1

KLから日帰りできる代表的な観光地に「マラッカ」という街があります。誰もが一度は聞いたことのある、マラッカ海峡の玄関口の街であり、中国とマラッカの王族の姻戚関係を結んだ街で、ここでマレーと中国文化の独特の融合体「ババニョニャ」の文化が生まれた。
マラッカの旧市街にはいまだに当時の街並みを残すとおりが残っており、20年くらい前までは、実際に骨董店が建ち並び中国から渡ってきた骨董などじっくりとみて回ると掘り出し物などにも遭遇することが出来た。





 現在は・・・いわゆるアジアのビーチリゾートのお土産物店ストリートといった感じで、目抜き通りは賑やかだけれど、一歩裏通りになると閑散としていて、中には家主を失い、廃墟と化している家屋もあり、何とも残念な限り。見た目は目抜き通りの店はどこもきれいに改装されていた。
このあたり独特の奥行きのあるまるで京都の町屋のような、ババニョニャ形式の家屋の大半は土産物店、レストラン、ホテルなどに変身していた。




 昔、20年くらい前は、このとおりの数件が事前に予約しておくと、住居を見学させてくれて間口が狭いのにパティオまで備えた建物にいたく、感激したのを思い出した。そう言えばそのころ、ツアーというとKLからマラッカに移動し、この街並みを散策しここでモンキーバナナを購入し、タンピンからシンガポールに抜けるという行程で、当時なんどとなくツアコンとして往復したなー!
それから月日が膨大に流れ、5年くらい前に再訪した時には街並みの保存すら難しいのではないかと危惧していましたが、街の景観だけは何とか保つことができたようです。護岸工事も進行中で、数年後さらに変化を遂げているのかも知れない。

マレーシアトイレ事情

 マレーシア特にKLからちょっと郊外に出ると、整備された高速道路に驚かされます。本当に整備されていて、首都のKLを除くと渋滞もなくスムーズで快適です。
今回の滞在中、マラッカに行く途中に立ち寄ったドライブインなどは施設も大きく、トイレもとても清潔で日本同様です。

 ただひとつだけ大きな違いがあるとすれば、お祈りのできる小さなモスクが常設されていることと、マレーシアのトイレの特徴便器が水浸しになっていることでしょうか?マレーシアの人たちはこれまでの習慣で、いまだにトイレで紙を使わず、便座の脇のホースや桶を使って左手でお知りを洗うということでしょうか?
だからどうしても水びたしになってしますのです。




 清潔といえば清潔なのだけれど、洗ったあとお尻を拭くものがないのが私たちなれないものにとってはたまにキズ!何でもサロンでチョチョト拭いて、サロンは乾いたところとまわしてずらして使うらしい。この話はずいぶん前に、どこかの州のサルタンに嫁いだことのある、日本人のガイドさんに聞いた話なので、現代はちょっと違っているのかも知れません。でも、滞在していたサービスアパートの商業地区の公衆トイレにも便座の脇にホースつきの水道があって、やっぱりびちょびちょにぬれていたから、今でのその習慣は健在なのかも・・・マレーシアの滞在は楽しいし、なんら問題はないけど、唯一中々受け入れがたいのがトイレの習慣かな?最もこれもKLなどの大都会なら問題はないのでご安心あれ!
そうそう、トイレ話で恐縮ですが、KLスターヒルのB1の名所になっているトイレは一度訪問して見て欲しいかな。


マレーシアロングステイヤーに思うこと その2

 海外に暮らそうと思ったら、そこに住む人たちに受け入れてもらって、はじめて生活をエンジョイすることができるのたど思います。日本の環境をすべてそのまま移行させて日本をそのまま持ち込むのはいかがなものでしょう??
「日本語が通じる。」「日本人会がある。」これもいざというときの支えにはなるけれど、マレーシアまで行って、毎日、日本人と日本語で話して、大して面白くも無い、NHKの衛星だけを頼りにしつつ生活し、スーパーで安上がりに食材を購入して、日本食を食べている毎日を送る。言葉に不安があるから、ローカルの友人など中々作れず、せいぜいアパートの受付のお姉さんに挨拶する程度・・・結局マレーシアにいてもマレーシアを感ずることもなく孤独感を味わい・・・・なんだか寂しい・・・
これなら日本にいたほうがよっぽど自由も利くし、楽しめるはずではないでしょうか?




 いくらマレーシア政府がいらっしゃい!!って「MM2H」という長期間有効なビザを発給してくれるからといって、国から招待を受けた国賓ではなく、渡航される方々が自分の意志で決断を下してマレーシアへの滞在を決めるのです。
早まった選択と甘い考えは捨てて、まずは現実を見るところからはじめてみてはいかがでしょう?
せっかくチャンスに恵まれて海外で生活するのなら、その土地の名物料理も味わいたいし、その国ならではの体験だってしたい。住んでいるからこそ生活を通して体験することが出来る楽しみ方もたくさんあるはずです。
海外生活を考えるならケチケチと、つめに火をともすように暮らすのは辛いこと。時間にも資金にもゆとりを持ち、生活そのものを楽しめるように準備して欲しいとの思いがよりいっそう深くなりました。



 

マレーシアロングステイヤーに思うこと その1

 今回の滞在では最高級ホテルやレジデンス、サービスアパートにツーリストクラスのホテルと、色々な宿泊施設を見学して来ました。
団塊の世代を中心に盛り上がりつつある「ロングステイ」の世界ランキング2位のマレーシアの実態を探りつつ、住環境も見てきたということかな。

 ただ、理想と現実のギャップは大きく、月に日本円で5-6万円程度の給料で生活しているローカルの若者よりも貧乏でケチっている残念なうわさがあちこちでささやかれていたのです。
マレーシア政府はMM2Hという長期滞在のビザを発給していますが、その背景にはリタイヤされる方々が、老後の一定期間治安も気候もよく、物価がリーズナブルで政治が安定しているマレーシアで優雅に生活をエンジョイしてください。マレーシアでお金を使ってください。ってことが基盤のはずなのですが、日本に着陸したら誰が言ったか知らないけれど、日本の年金でその三倍のゆとりを持った生活が出来るってことになってしまっているため、現実とのギャップがひどい。

  何しろ日本で維持している住居を保ちつつ、マレーシアでも住いは確保する必要があるということは、2重に経費がかかる。誰かに持ち家やマンションを賃貸してその家賃で優雅に生活するならいざ知らず、日本人の大半はその気質として他人に簡単に家を貸したりしないから、年金だけで何とか賄おうとせざるを得ない。収入の入ってこない生活は不安が尽きないもの。
病気になったらどうしよう?何か事故にあったらどうしよう??
どうしよう・・・・・・??????が潜行してしまい、結果ケチケチのローカルにもののしられるほどの生活を余儀なくされることになる。
今回何より感じたこと、それはまず10日でも良いから生活してみよう。




そのときには最初からケチらず、ホテルで暮らすところからはじめてみてはいかがでしょうか?
それを何回か繰り返し、色々なランクの宿泊施設を体験した上で、本当に心とお財布にゆとりがもてるのであれば正式にビザを申請して長期の滞在にトライしてみたらいいのです。
そのときには、日本の家族と連絡が取れるように、PCのスキルの基礎(メール&インターネットくらいが最低限必要事項)と、日常サバイバルが可能な程度の英会話は身に付けておこくと。



これが何より大切だと思います・・・・


 


 

マレー料理 その2

またまた、マレー料理の話。
この料理見た目はものすごく悪くて・・・真っ黒け!とても美味しそうとはいえない一皿です。実際は生のフルーツがふんだんに入ったサラダでした。確か名前はメモしたはずだったのですが、友人との5年ぶりの再会で話すことが尽きることなく、どこにメモしたのやら・・中には、パパイヤ、パイナップル、ナッツ、青いバナナなんてのが入っていました。とてもおしゃれなゲイのカップルが営業しているカフェでワインと一緒にいただきました。





KLの街にはおしゃれなショッピングモールが数多く点在していてこのお店もそのひとつだった思います。地図上の丸印と記憶とたずねると、「HANKYU JAYA」とか言うところではないかと思われます。中にZARAが入っていたので、多分間違いないかと・・・。

彼女は大の日本びいきで、この数年は日本のストッキングを絶賛しています。KLの伊勢丹でバーゲンの時には買い貯めておくそうです。そこで今回私は「靴下屋」で5本指のソックスセットと、前半分5本指&サンダルようカバーソックスらしきものをお土産に渡しました。とても気に入ったらしく、帰宅後早速試着。TVの上に5本指の足を乗っけて、「結構可愛いじゃない!」と満足したそうな。これでKLでも少しずつはやるかも・・・

マレー料理は中々おいしいもんだ!

デザートから入ってしまったけれど、今回はマレー料理についてお話します。KLに到着初日、久しぶりのババニョニャ料理をいただきました。中華のようなインドのような・・はたまたタイ料理のような・・


ご紹介するのは、初日の夜にいただいたお料理です。とてもおいしかったです。




アジアのおいしいところを凝縮したような料理です。
もちろん、デザートもしかり!アジアンなスゥィーツは魅力的。
ただ、ひとつ残念なのはマレー料理がゆえにアルコールが飲めないことです。
冷えた生ビールと一緒に味わうことができないのが、とっても残念!!
お店によっては、アルコールの持込が可能なところもあるようなので、事前に予約するようなときはその辺も確認しておいた方が良いかも!



向かって左から


海老をから揚げしてあります。次は厚揚げとお野菜に餡がかかっています-


タイ風のグリーンカレー、そして最後はおナスのでした。


 


そう言えば、マレー系の人たちの中で特に厳格にイスラム教を信仰しているひとたちは、中国系のお店には絶対に行かない。なぜなら、そのまな板で、包丁であるいは端で、過去に豚肉と触れたからとか・・
そうそう、家の近所のカレー屋のパキスタン人のマスターがよく言ってます。
お肉(羊も鳥も・・)は必ずナムナム・・とお祈りをしたものでないと、食材にしてはいけないんだそうですよ。


食事ってことで言うと、久々にマレーシアに行って思い出したことは、イスラム信者が多い国ってことで、スーパーで販売しているアルコールは何気に高い!マレーシアの物価から考えるととても高いので、一瞬びっくりします。でも常夏の国で1日動いた後はやっぱり「グィット!!」行きたいよねー。と思ってしまうのです。

中秋の名月をいただきました!

やはりマレーシアはおいしい食べ物がそろっていますねー!
中華、インド、マレーは本当に美味しい!そして多民族国家だからそれぞれの民族のお祭りにちなんだ食事や珍しいお菓子があちこちに溢れています。
私が滞在していたのが9月でちょうど、中秋の名月を祝う「中秋節」前の時期だったので、華僑系の人たちを対象に各レストランでは味自慢の「月餅」を店頭にならべていました。中国系の人たちはこの時期になると、月餅を買っていろいろな人に送ります。私が友人からいただいたのは、KLのホテルの中にある有名な四川料理のお店の月餅でした。
ティラミス、小豆そしてうぐいす豆の暗に、塩漬けの卵の黄身が入っているものがどーんと4つ入っていました。


 日本の和菓子とは違うので、家族からはちょっと不評でしたが私は特に、ティラミス味(実際はほんのりコーヒーの香りのする餡でしたから、ティラミスとはちょっと違うような・・・)が一番おいしかったかな?!




  これは真上からの写真と、断面図です。塩漬けの黄身が満月をかたどっています。味は賛否両論だけれど、日本の人は苦手な人も結構いるみたいです。これはお豆のパッケージですが、木の実のシリーズもあるみたいですよ!!

行ってきました!マレーシア ブログ再開です

行ってきました!マレーシア!!
お仕事旅行だったので、買い物三昧というわけには行かなかったのが、とても心残りではあるけれど、カンポンと呼ばれる田舎を訪問することもできたし、マレーシアのジャングルでは車窓からでしたが、お猿さんも何匹か見ることができました。保護政策でお猿さんがこの国でも増えているので、農村部は結構困っているらしい。
そう言えば、シンガポールの友人たちが「シンガポールは独立の時に、マレーシアのようなジャングルで未開の地にならないように、すべてお猿さんを駆除(殺した)んだよ!」っと、とても自慢げに都会だと主張していたことを思い出しました。それからずいぶんと時が経ち、ジャングルの中のデコボコ道はきれいに舗装され、素晴らしいハイウエイに変わりKLの街並みも緑にあふれながらも洗練された都会に成長しています。いまやシンボルになっている双子ビル、KLCCはやはり美しかった!



TAXIのインド系ドライバーさんのお勧め、ヨギ-Bってグループ(ジャケット写真だけ見ると、電撃ネットワークみたいなグループでした)と、RESHMOREっていう人(?)のR&BのCDを買って来ました。前者は「なるほど、元気だねー!以上!!!」って感じでしたが、後者はまあまあそれなりに面白いかな?時々中国語のラップや、タミール語のラップとインド系の旋律なんかが入っています。今はこのCDを通勤の朝聞いています。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。